「歌舞(かぶ)いて候」

今回、ブログを掲載させて頂く2月20日は「歌舞伎の日」、と言う事になっています。 その由来は、「歌舞伎の祖」出雲の阿国が1602(慶長12)年のこの日、江戸城で徳川家康や諸国大名の前で初めて、歌舞伎踊りを披露したからなのだそうです。

今年は、建て替えが進められていた東京の歌舞伎座が4月に竣工となり、大きな話題となっていますが、先日まで行われていた当地札幌の雪祭りでも、この新生歌舞伎座を模した大雪像が制作されました。雪祭りの雪像は、一昨年は国宝の東大寺飛雲閣、昨年はインドのタージ・マハルや福島:鶴ヶ城など、国内外の歴史的建造物をテーマとして、実物さながらの細密さで再現されたものが目玉となっていますが、今回の「歌舞伎座」大雪像は、直営企業である松竹株式会社の全面協力のもと、新生歌舞伎座の瓦屋根・唐破風・欄干といった特徴的な意匠も、本物そのままに再現をされているそうです。
ちなみにこの大雪像に使用された雪は全部で5tトラック460台分、地元「北海道テレビ放送(HTB)」「陸上自衛隊」連隊・大隊・中隊が共同して作業に当たり、延べ3800人が29日間を掛けて完成に至りました。この「雪の歌舞伎座」が宵闇の中にライトアップされた威容は正に圧巻で、レプリカではありながら、日本の伝統文化や建築技術の美しさを、本家から遠く離れた冬の北の街でありありと感じさせてくれました。

こうした歌舞伎界にとって新たな歴史が刻まれる時を前に、歌舞伎の魅力を伝える牽引役となって来られた、十八代目中村勘三郎さんが昨年12月5日、十二代目市川團十郎さんが2月3日に、それぞれ57歳と66歳という年齢で逝去されました。まだこれから大きな仕事を成せる方々のあまりにも早い訃報に、深い悲しみを覚えさせられると共に、「時代」というものの大きな節目の時期に自分が生かされている、そんな感慨も感じさせられるように思います。
年が改まって2ヶ月、その間に社会・経済・政治・文化の各方面で様々な事が起こっていますが、そうであるからこそ、一瞬だけではなく、長く根付き、育ち、広がりを持って行けるような物の見方・考え方を、流れに翻弄されず、持ち続けて行きたいと思います。

田畑 貴子