梅は咲いたか 桜は・・・

前回、私がブログを書かせて頂いたのが2月20日。その時から、ちょうど3ヶ月が経ちました。

本当であれば長かった冬が終わり、雪解けを迎える中で日に日に春めいていくはずのこの時期ですが、今年は一向に気温が上がらず、見えたと思った途端また雪に覆われる路面。4月、5月に入ってからも道東を中心に見舞われた降雪など、気象の特異さは留まる所を知らず・・・ここ数年はこれまでにない積雪量であるとの声が各所で挙がっています。

札幌での観測史上最も遅い開花を記録した梅、史上2番目の遅さであった桜の開花に象徴されるように、冬を越えてなお異常な天候は続き、今年の北海道はまさに近年まれにみる「遠い春」・・・

「梅は咲いたか、桜はまだかいな」と気を揉む毎日を過ごしていたと言えます。

この「梅は・・・」ですが、元々は江戸端歌(はうた)と呼ばれ、三味線に乗せてさらりと唄われる、江戸時代に流行した短い歌謡の中の一演目だったようです。
曲名は「しょんがえ節」と言い、歌い継がれた時代によって、歌詞も移り変わって来たとの事です。
梅は・・・に続く何小節かは同じ文言なのですが、その後が、明治時代は「柳橋から小舟で急がせ 船はゆらゆら 竿次第」と粋な風情を漂わせ、大正・昭和になると「銀座八丁行こうじゃないか 山の狐が七化けて 黒い眉引く袖を引く」と語呂合わせと数え唄の要素が織り込まれ洒落た言葉遊びがなされています。

この端唄が特に流行ったのは、天保の改革以降であると言われています。
この改革で贅沢の禁止が達せられ、庶民が三味線を弾く事を禁止されてしまい、その後晴れて解禁されたものの、長く三味線から遠ざかった庶民にとって長唄を弾きこなす事が困難であった事から、覚えてすぐ弾ける小曲の端唄が持てはやされるようになったのだそうです。

ちなみに「しょんがえ節の」語源と言われる「しょんがいな」とは、「なるほど」とか「もっとも」という意味の「そうかいな」であり、それを幼児が「しょうかいな」として使っていたものを、囃言葉として端唄の合いの手に入れて唄ったとの説が紹介されています。

この冬、この春の空模様と同じく、社会も変化が大きく、厳しさも増して行くようですが、庶民の生活の中の楽しみを奪われる事のない「なるほど」「もっとも」「しょんがいな」と言える世事と政の一年になる事を心から願いつつ、ひと時今を盛りと咲き始めた北の街の桜を愛でに行きたいと思います。

田畑 貴子

 

〈札幌散歩 ~春日遅遅~〉

桜