よりゆっくり、より近く

 日本の成長を支えてきた「より速く、より遠くへ、より合理的に」とその限界

近代の基本原理は「より速く、より遠くへ、より合理的に」である。
これに基づいて行動すれば、経済成長が可能となる。アベノミクスは近代システムの延長線上にある。成長とは近代が生み出した概念だからである。
しかし20世紀末から近代システムが機能不全に陥っているがゆえに成長最優先策をとればとるほど、9.11(米中枢同時多発テロ)、9.15(リーマンショック)、そして3.11(東京電力福島第1原発事故)に遭遇して「未曾有」の事態、あるいは「想定外」と、言い逃れに終始することになる。
アフリカにまで及んだグローバリゼーションで、これ以上遠くへ行くことは出来ないことがわかった。
イノベーションとは少ない投入でより多くの産出を獲得することであり、合理性の追求に他ならない。1970年代の石油危機以後、エネルギー収支比は悪化し続けてきた。

収支比とは1単位のエネルギーを投入して何単位のエネルギーを得られるか、その比率をいう。この20世紀初めに100倍あったエネルギー収支率は現在10を切ってきた。
もう化石燃料に頼る時代は終わりつつあるのだから、遠くに行くことはできない時代となった。
そうであれば、地方創生は成長戦略の切り札ではなく、「よりゆっくり、より近くへ」を実現するための日本の生存に不可欠となる。

著名なエコノミストである日大教授の水野和夫さんの主張がクローズアップされている。昨年、アメリカでトマ・ピケティの「21世紀の資本」が売れて話題になり、今、来日して講演会やメディアのインタビューで引っ張りだこである。
この1週間で見れば主要各紙の経済欄は単独、または共同でピケティのインタビューや特集記事が集中して、5000円もする日本語に翻訳された本を買わなくとも「分かった気にさせられる」解説が食傷気味になるほど掲載されている。

日本では水野和夫氏の「資本主義の終焉と歴史の危機」が公称20万に迫るベストセラーになっている。
これは「資本主義はもはや限界」との認識が広く、人々の心に不安感とともに浸透し始めてきたからだろうと思う。だからこそ分厚い専門書が世界で、日本で受け入れられて売れているのだろう。

「より速く、より遠くへ」は、昨年より、あるいは他人(他社)より一歩前に出ることを善とするから、中央からの均質的な指示が最も効率的だったのである。明治以来の中央集権が正当性を持ったのは、こうした背景にあった。

水野和夫氏は21世紀の来るべきシステムは何かを考えて、日本の「成長」ではなく「生存」戦略を策定することであると唱える。

「よりゆっくり、より近く」はその目指す度合いが違う

生存戦略に必要な「よりゆっくり、より近く」への考え方の基本は、地域の独立性を高め、多様性を尊重することだと主張する。

日本を連邦制に移行して、税源も地方に移譲し、大学の地方分散を図り、一極集中を避けるために人の移動にもある程度制限を設ける。
日本を5つか6つに分けても一つの単位がGDPで100兆円前後になるので、十分大きなサイズである。
日本が有する工場、店舗、オフィスビルなどの資本ストックは世界一であるから、近代を優等生で卒業する有利な立場である。
世界が羨むほどの長寿社会を築いたので、生産年齢人口も70代半ばにずらし、将来の見えない時代に学ぶ時間を長くすることが大事になる。

逆に今の地方創生を成長の切り札と考えるならば、ミニ東京が全国に出現し、出生率は低下するであろう。

 

曲がり角に来ているスーパーマーケット

小売業もまた、日本の近代化とともに発展してきた。百貨店――GMSを経て、小売業の時代を迎えた。
戦後「パッと出てきてスーッと消えた」のでスーパーと揶揄されたスーパーマーケットもその天下は長くはなく、コンビニや、バーチャル店舗に代表されるオムニチャネルに押され気味となっている。
生き残りのため合従連衡を繰り返し、今や店舗数は減っていないが法人は大きく減少する寡占化の代名詞となりつつある。

多くのスーパーは大手のホールディングに身を委ねて中央へ、中央へとなびく。
その一方で「買い物難民」という言葉が生まれるほど地方からはスーパーが消えていく。
加えて高齢者の比率が増大し、且つ人口減が追い打ちをかける。
食品摂取量が激減し、スーパーで働く労働力の不足も深刻になる。

スーパーマーケットこそ「成長思考」から脱却し、「生存戦略」の中からしか打開は見い出せないと強く思う。

スーパーマーケットの「生存戦略」とは何か。
それは地域に寄り添って「明るい笑顔、親しみのある接客、清潔な売り場、いつも出来立て作り立てを提供し、品切れがない」。このありきたりのことを磨き上げる。
毎日地域のお客様のデータを集めながら、新しい商品、価値ある商品を提供する仕組みを作る。地産地消を文字通り貫く。

経営統合の動きが活発だが、質の伴わないものは疑問だ。
5000億、1兆円はさほど意味がないのではないか?

スーパーマーケットの主要来店動機は生鮮商品、デリカ、今晩のおかずがきっちりできる品揃えである。
大きいから強いのではない。米国のSMはそうした歴史を教えてくれている。

日本の小売業も、かつて大手が相次いで破綻した。スーパーマーケットは地域特性、気候風土、地産地消的なもので密着した企業が残っていくであろう。

スーパーマーケットはナショナルチェーンを作るのは難しい。地域の特性を活かしながらリージョナルチェーンを作り上げていく。
地域の中で、競合各社と緊張感を持ちながら競い合い、その地域のお客様に支持されるよう切磋琢磨していく。
店のお客様は、昔はファミリーだったが、今はエリアによっては一人、二人暮らしが7割に達している。
お店で働く主婦が60%-65%。20年後には75%に達する。
人口減、高齢化が進む中で75歳まで働ける時代がやがて来る。
そのためにスーパーマーケットの仕事のサイクルに沿った働き方を見直していくことも求められるであろう。

スーパーマーケットも「よりゆっくり、より近く」なのである。

安藤 敏明