「ぶれる」ことのススメ ~安保法案の強行採決に思う

鬱積した思いが強行採決に走らす

根強い反対にもかかわらず、安全保障関連法案が衆院で強行採決された。憲法改正を主張する学者や、かつての自民党重鎮など保守層からも批判が相次いだが、「直近の民意」を得た政府・与党が「安全保障環境の変化」という時勢を踏まえ、「抑止力が平和をもたらす」という大局観から決断した。本当にダメだというなら次の選挙で自分たちを落とせばいい。法律を変えればいい。信任された以上、それまでは信じるままにやらせてもらう・・・・
安倍首相はきっとそんな風に考えているのだろう。今でこそ「少数派の声を聞け」と言われる側だが、自民党のなかでさえ少数派だった自分たち「真の保守」の声はちゃんと聞かれてこなかったという鬱積した思いもあるだろう。

反対論者は、多少の修正に応じてもどうせ反対し続ける。「結局、何をどうしようと批判する人間は批判するのだから、信念に従って突き進むしかない。あとは歴史の審判に委ねるのみ」と。私は安保法案に反対だが、同時に、異論に心を開くのが難しいのは安倍首相だけではないと感じる。なにせ、相手にも一分の理があると認めたとたんに「ぶれた」「ゆらいだ」「すりよった」と非難される昨今の世の中である。意見の異なる両者が一切「ぶれる」ことなく平行線をたどり続けるならば、永遠に決めないか、問答無用の多数決で決まるしかない。「ぶれない」ことを最優先する世の中は、意図せずとも多数決に強行採決を促してしまう。
大多数の人々は数の力に任せることを良しとせず、丁寧な話し合いによる譲歩や妥協を価値あるものと考えている。強行採決すれば政権の支持率が下がるのはその証だろう。「政治は可能性の技術」と言われる。新たな可能性は、異論に心を開くことで見いだされる。

若者たちの厳しい目

今国会では18歳選挙権も実現した。若者たちは、安保法案の動向にも重大な関心を寄せつつ、それ以上に大人たちのこうした振る舞いを注視している。
なぜなら彼ら彼女らは「未知の世界に踏み込む勇気を」「異質なものを楽しむ心を」と繰り返し言われているからだ。そう言う大人たちが本当に言葉通りに生きているのか、自分では殻に閉じこもったまま、他人に「外に飛び出せ」と言っているのではないかとチェックしている。
昨今の若者たちの安保法制反対の広がりは、そのことを物語っている。

異論に耳を傾けない政府は批判されるべきだ。慎重な審議を強く求める。そのうえで私たちはぶれたり、ゆらいだりすることを歓迎しているのだと確認したい。「論語」にもあるように、目指すのはこころを解放しても大きくは踏み外さない境地であって、自分の意見に狭く固くしがみつくことではないのだから。

安藤 敏明