vol.53

ファインプレー!

今回はANA機内誌『翼の王国』(May2019)に掲載されていた小説家 吉田 修一のエッセイを取り上げながら考えてみたいと思います。

ファインプレー

流れるように連携のとれたファインプレーというものは、見ていて気持ちの良いものであるが、つい先日、幸運にもそんなファインプレーに参加できた。

場所は近所のスーパーマーケット。日曜の夕暮れ時でスーパーは超満員である。
この日はTポイント5倍デーである。レジの長い行列の前方がざわついた。見れば、若い女性が列に横入りしてレジの方へ行こうとしている。声をあげる者はいなかったが、行列の無言の抗議はその場の空気を緊張させる。それでも若い女性は列をかき分け、一番奥のレジに向かう。
「ちょっと!」と誰かが声をかけそうになった瞬間、その女性が割り込みをした理由が判明した。どうやらこの女性、一番奥のレジで会計中だった老婦人が店内のどこかに置き忘れたらしい花を届けにきたらしいのだ。女性は、この老婦人が花を置き忘れたのか、元に戻すのが面倒で、わざとそこに置いたのかが分からなかったらしく、持ってくるのをためらっていたらしいのだが、とりあえず声をかけてみたということが、なんとなく二人のやりとりから伝わってくる。老婦人がとても感謝しているところを見れば、やはり彼女は置き忘れたのである。
若い女性はまたレジの列を縫うようにこちらへ戻り、自身の買い物へと戻っていった。
優しい子だな、と素直に思う。

その後なんとなく気になって、レジの老婦人を見ていた。
会計は終わっているはずだが、なかなかその場を動かない。お釣りを財布に戻すのに手間取っているかと思いきや、そうではなく「買った品物をここでレジ袋に入れてくれないか」と、レジ係の男性に頼んでいたのだ。レジには長い行列である。ヒマな時間帯であればレジ係の男性もすぐに手伝ってやるだろうが、後ろには次の客がイライラして待っている。状況的には老婦人は面倒な客でしかない。
「じゃあ少しだけ待ってください。次にお待ちのお客様のあとでやりますから」ちょっと邪険に見えたが、店側としてはいたしかたない。と、その時、老婦人が申し訳なさそうに声を返す。「すみません。でも、あんまり長く立っていられなくて」
見れば、彼女は片方の手でしっかりとカートを杖代わりに握っている。少し御御足(おみあし)でも悪いのか、確かに立っているのが辛そうである。やはり、レジ係の男性も老婦人の状況に気づいたらしく、「ちょっとすみません」と次の客に頭を下げ、先に彼女の手伝いをしてあげる。よかったよかったと安堵しているうちに、自分の番が来た。こちらはネギと海苔と鰹節だから会計も早い。料金を支払って店を出ようとすると、今度はドアを塞ぐように中年の女性が仁王立ちして店内を覗き込んでいる。
邪魔だなー。露骨に迷惑そうな顔をして、その傍らをすり抜けた。ん? ふと気になったのは、店を出て少し歩いたときである。今の中年女性、もしや・・・。

なんとなく気になって戻ると、やはりそうであった。仁王立ちしていた中年女性も、やはり老婦人のことが気になっていたようで、見れば、婦人が使ったカートを片付けてやり、重そうなレジ袋を「大丈夫ですか?こちらの手にかけて大丈夫ですか?」などと甲斐甲斐しく世話を焼いている。
しばらく眺めていると、老婦人の足を気遣うようなゆっくりとしたスピードで二人が店を出てきた。見れば、中年女性も重そうなレジ袋をその両手に提げている。
「あの」思い切って声をかけた。「お近くまでお持ちしますよ」
当の老婦人はとても恐縮されたが、中年女性から「じゃ、あとは頼んだわよ」。
老婦人の手からレジ袋を受け取り、ゆっくりと横断歩道を渡った。
「本当にすみませんね。いつもはヘルパーの方にお願いしているんですけど、今日はヘルパーさんが早く帰ってしまって。お仏壇のお花をね、お願いするのを忘れてて」
交差点の斜向かいに建っているのが、彼女のマンションだった。健康な人の足なら、信号が変わるのを待っても、歩いて一、二分の場所である。ただ、この距離が途方もなく遠い人もいるのである。

マンションの入り口で彼女にレジ袋を渡すと、「本当に優しい方ばかりで助かりました」と礼を言われた。その歴代の優しい人たちの顔が浮かぶ。レジに割り込みした人。邪険なレジ係。入り口で通行の邪魔をしていた人。
自宅に戻る途中、またスーパーの前を通ったのだが、狭くて品揃えもそこそこで、不便と思っていたこの店が、なぜだか急にいい店に思えてきた。